東京地方裁判所 昭和53年(ヨ)2294号 判決
甲事件債権者
石倉悟
甲事件債権者
菅原孝
甲事件債権者
相馬善則
甲事件債権者
高渕敏幸
甲事件債権者
工藤貞治
甲事件債権者
新谷勝三
甲事件債権者
中家利男
甲事件債権者
原哲夫
甲事件債権者
土田徹
甲事件債権者
渕上一夫
甲事件及び乙事件債権者
前順二
右債権者ら訴訟代理人弁護士
川島仟太郎
同
加藤康夫
同
広瀬隆司
甲事件及び乙事件債務者
ニチバン株式会社
右代表者代表取締役
大塚光一
右債務者訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
石嵜信憲
同
西本恭彦
同
末啓一郎
甲事件債務者訴訟代理人弁護士
立花充康
同
加茂善仁
主文
1 債権者前順二が債務者会社の広島支店において就労すべき義務がないことを仮に定める。
2 債務者は債権者前順二に対して昭和五四年六月二二日以降本案についての第一審判決があるまでの間一か月当たり一四万四〇〇〇円の割合による金員を毎月二五日に仮に支払え。
3 債権者前順二のその余の申請及びその余の債権者らの申請をいずれも却下する。
4 申請費用は、債権者前順二と債務者との間においては、全部債務者の負担とし、債権者前順二を除く債権者らと債務者との間においては、債務者につき生じた費用を一〇分し、その九を債権者前順二を除く債権者らの負担とし、その余を各自の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 債権者らがいずれも債務者の埼玉工場製造課において勤務する権利を有していることを仮に定める。
2 債権者前順二が債務者に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
3 債務者は債権者前順二に対して昭和五四年六月二二日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金一五万〇六六三円を仮に支払え。
4 訴訟費用は債務者の負担とする。との判決を求める。
二 申請の趣旨に対する答弁
1 債権者らの申請をいずれも却下する。
2 訴訟費用はいずれも債権者らの負担とする。
との判決を求める。
《以下事実略》
理由
一 申請の原因第1ないし第3項の事実(当事者、本件配転命令と懲戒解雇の発令)は、当事者間に争いがない。
二 配転に関する労働契約及び就業規則の定め(前掲・懲戒解雇事件の同項と同旨につき略す。以下同じ。)
三 本件配転の必要性について(略)
四 本件配転の人選について
1 配転対象人数の決定、予備調査(略)
2 本件配転対象者の人選
(証拠略)によれば、次の事実が一応認められ、これに反する疎明はない。
配転対象者の具体的な人選については、工場の新組織編成の下で生産力の確保を図る必要から少数精鋭主義により生産の確保に資する者を残し、他方、販売力強化に適する者を販売部門に配転することを主眼として次のような事由を総合的、相対的に考慮して行うこととされた。すなわち、配転から除外して工場に残す方向で考慮する者としては、〈1〉他の者に代替することができない指導者や技術習熟者、〈2〉夫婦共働き、病気療養中あるいは高齢者その他家庭的事情のある者が挙げられ、他方、配転者に加える方向で考慮する者として、〈1〉販売部門への配転を希望する者、〈2〉いわゆる営業適性を有する者、〈3〉前記配転予定地周辺の出身者(その土地の気候、風土、言語その他につきいわゆる土地カンがある者)、〈4〉地方への配転が多いことから身軽な独身者(特に近く廃止が予定されていた独身寮居住者)を主体にし、やむを得ず妻帯者を選出するときはできるだけ通勤可能圏に配転することとされた。なお、組合の役員であるかどうかについては人選の基準の設定の際に特に配慮を加えるということはしなかった。
こうして具体的な人選に入ったが、まず、工場に残す人員としては、〈1〉の要員としてリーダーが四係で一七名必要なのでこれを残し(従来は六係二三グループあったので六名が剰員として配転の対象者となった。)、次にこのリーダーとの組合わせや組織構成を考慮してサブリーダーと一般の運転要員をそれぞれ約一〇名選出した。また、〈2〉の家庭的事情のある者には約二〇名が該当したのでこれを残し、以上の者を除いた約七〇名の製造課の従業員の中から本件配転の要員を選出することとした。販売への配転要員として選出された二九名は、製造課の一係から五名、二係から三名、三係から四名、四係から三名、五係から七名、六係から七名であって、前記〈1〉の配転についての意向を尊重した者として五名が、同〈3〉の独身者が二〇名(このうち独身寮居住者は製造課に二六名いたところその中から一四名が選出されている。)、妻帯者が四名となっている。
債権者らは、こうしていずれも本件配転者から除外すべき事由はなく、むしろ配転者に加えるべき者として選出された。これを具体的にみると、その理由はおおむね次のとおりである。
ア 石倉悟
独身寮に居住していた独身者であって、実家が千葉出張所にも近い東京都江東区であって通勤にも至便なので同出張所へ配転とした。
イ 菅原孝
独身者で単身で居住しており、職場の会合等では幹事役をするなど人望があって非常に明るい性格であって、営業適性が十分あるものと考えられたことから配転対象者に選定され、静岡出張所の近辺の出身者がいないことから東京都の出身ではあるが静岡出張所に配属させることとした。なお、同人は長男であり将来両親を扶養しなければならない立場にはあったが、当時両親はまだ若く職もあり、同人自身が単身で居住していることからして直ちに扶養の問題が生じることはなく配転に支障はないと考えられた。
ウ 相馬善則
独身寮に居住していた独身者であって北海道出身であったことから札幌支店に配転とした。
エ 高渕敏幸
独身で単身で居住していた青森県出身であって、札幌支店に五名の配転を予定していた債務者会社としては当時北海道出身の独身者は二名しかいなかったので、残りの三名を北海道の近くの者から選出しようと考えた結果、北海道に最も近い青森県出身の同人を選出した。
オ 工藤貞治
独身寮に居住していた独身者で非常に元気が良く、青森県出身であるところから、高渕と同様に札幌支店に配転とした。
カ 新谷勝三
独身寮に居住していた独身者であって、茨城県の出身であるが、前記のように札幌支店配属者として北海道及び青森県出身者四名が決定した残りの一名に同人が独身寮居住者の中で最年長であったことからリーダー格として行ってもらうのが適任であると考えられたことから、札幌支店に配転とした。もっとも、同人はその後の希望も考慮した結果、最終的には東京支店に配属先を変更した。同人は性格的には無口であるが、工場から販売の応援に行った際には積極的にこれに取り組む姿勢を示しており、営業に不向きであるとは考えられなかった。
キ 中家利男
独身寮に居住していた独身者であって岩手県の出身であったことから、同県を管轄する仙台支店に配転とした。
ク 原哲夫
独身で性格的にも明るくさっぱりとした営業適性が抜群と評価される人物であり、東京都保谷市の親元から通勤していたので、ここから通勤の容易な八王子出張所に配転としたが、後に東京支店に配属先を変更した。
ケ 土田徹
独身寮に居住していた独身者であって山形県出身であり、非常に温厚な東北人特有のねばり強さを身につけており、出身地近くの営業に適していると考えられ、同県を管轄する仙台支店に配転した。
コ 前順二
当時独身寮に居住していた独身者(配転申入れ直前に結婚して独身寮を出ており、債務者会社もその旨を了知し得る状況にあった。)であって、当時従事していた六係の業務が機械化により縮小され他に異動を行うほかはないと考えられたところ、同人は工業高等専門学校を卒業して技術管理部、生産企画部などで製品の苦情処理に関する業務に長く従事していたことから営業適性もあり、工場内での異動よりはこのようにして得られた商品知識や営業支店とのつながりを生かして行くのが最適であると考えられた。配属先については、出身地の鳥取県を管轄するのが広島支店であるところから同支店に配属とした(製造課内で広島に関係があるとされる者は他に石川宜寛がいるだけであるが、同人は妻帯者で家を持ち両親と同居している。)。
サ 渕上一夫
独身で性格的に温厚で折り目正しく対人関係が良く、八王子の親元から埼玉工場まで約二時間の通勤をしていたが、新設の相模原出張所が近いので当初相模原出張所に配転する予定とされたもので、その後同出張所の開設取りやめによって自宅と同所の八王子出張所に転勤先を変更した。
3 以上に認定した事実に基づいて本件配転の人選の合理性について検討する。
埼玉工場から本件配転の対象人員数として債務者会社が組織の編成替え、合理化等によって製造課から二九名をねん出することができるとの方針を決定したこと及び埼玉工場からの配転先としておもに関東以北の支店、出張所を予定したことについては、債権者らも特別その合理性を争っておらず、また、前記認定した事実からして合理性を有するものと認めることができる。ただ、埼玉工場からの配転先として他に距離的にも近接した大阪工場や安城工場が存在しているのにもかかわらず広島及び福岡支店にもあえて配属先を求めたことの理由については債務者会社において十分な説明もなく、多少疑問がないではないが、この点については一連の交渉の過程において組合及び債権者らが格別問題とした形跡もなく、また、このような配属先予定地の決定それ自体が合理性を全く欠くというものでもないから、このことだけをとらえて右のような債務者会社の方針決定がすべて合理性を有しないものということはできない。
次に、人選の基準の合理性について検討すると、債権者らはこれについて、人選基準の設定に当たっては運転免許の有無とか工業高校卒とかの客観的な基準を考慮すべきであるのに債務者会社が行った人選基準は種々の要素につき相対的、総合的な判断を行ったというにすぎず、し意的な人選を可能とするものであって合理性を有しない旨主張する。しかし、いわゆる配転の際の人選基準なるものについては唯一絶対の客観的基準が存在するものではなく、当該会社の業務内容、配転人員数、配転の実施前後における会社の組織運営に対する影響度その他の会社を取り巻く状況等を勘案して合理的なものと認められれば足りるものと解されるところ、前記認定の人選基準は一応合理的なものと認めることができる(運転免許の保有の有無については〈証拠略〉によれば、中期経営計画によってセールスカーの増強が図られたとはいえ必ずしも販売員全員にセールスカーが行き渡っているものではないことが認められるし、運転免許の取得はそれほど困難なものでないことは公知の事実であるから、人選の時点において運転免許を保有しているか否かをそれほど重視する必要はない。また、工業高校卒であることが直ちに販売員として不適格であるということもできない。)。また、債権者らは債務者会社の真実の人選基準は債務者会社にとっての危険思想の持ち主、誓約署名に抗議した者、工場にとって不要の者というものである旨主張し、債権者前の本人尋問の結果にはこれに沿う部分があるが、同債権者の供述はその内容において一貫しておらず、直ちに信用することができない。
そして、以上のような事情に加えて債務者会社が債権者らを本件配転の対象者として選出した前記認定の理由とされる内容を考慮すると、債務者会社が債権者らを配転対象者として選定したことについてはその合理性を肯定することができる。
五 そこで、再抗弁について判断する。
1 労働契約違反との主張について(略)
2 労働協約違反との主張について(略)
3 不当労働行為との主張について
債権者らは、本件配転が不当労働行為によるもので無効である旨主張するのでこの点について検討する。本件配転は前記のように業務上の必要性が認められ、また、人選についてもその基準及び具体的人選の合理性が一応首肯し得るものであるから、これを不当労働行為であると評価するためには、その配転対象者の組合活動を嫌悪し、その者を配転することによって組合がその活動に重大な障害を受けるなどの事情があるにもかかわらず、使用者たる債務者会社が配転によって組合に対してそのような打撃を与えるといういわゆる不当労働行為意思の下に配転を行ったことを肯定することができ、このことが配転の決定的な理由となっているものと認められることが必要であるというべきである。
このような観点から検討すると、本件配転は、前記三1(四)で認定したように債務者会社と組合との間で、労働時間の延長問題や後に労働委員会でも不当労働行為である旨認定された債務者会社による誓約署名の収集活動とこれに対抗する組合の団結署名の収集活動等によって、組合と債務者会社との間で深刻な対立が生じ、また、そのために組合内部においても組織上重大な事態に至っていたとの状況の下に行われたものであること、及び(証拠略)によれば、本件配転の対象者で異議をとどめて赴任した一四名のうちには現職の支部書記長一名、支部三役経験者三名、現職の支部執行委員四名、支部執行委員経験者七名、新旧青婦部役員九名(以上は重複して計上してある。)が含まれており、配転対象者二九名のうち配転に同意をしていた二名を除く二七名全員が誓約署名を拒否した者であることが一応認められることからすると、債務者会社が組合の活動に従事している者や誓約署名を拒否して債務者会社の再建に協力を表明していない者を嫌悪してされたものではないかとの疑いも全くないわけではない。しかし、他方で、前記四1及び2で認定したように本件配転は専ら独身寮居住の独身者あるいは単身居住の独身者を主体に人選を行ったこと及び(証拠略)によれば入間支部において誓約署名に応じた者の数は四六名にとどまり、独身者では四名にすぎずとりわけ独身寮の居住者には極めて少数であったことやこれまでの配転においても支部三役はともかくとしても支部執行委員(青婦部役員は組合の役員ではない。)が配転された事例がないわけではなく、特に入間支部においては組合の本部が同一場所にあって、支部三役以外の組合役員についてはその配転によって直ちに組合あるいは支部がその活動に著しい障害を受けるものとまではいい難いことが一応認められること、並びにこれらの事実に加えて前記のように本件配転の人選の基準や具体的な人選には一応の合理性が認められることを総合すると、本件配転の人選(ただし、次に述べるとおり債権者前を除く。)がし意的に行われたとか、債務者会社の不当労働行為意思が本件配転の決定的な理由であるとまでは認めることができないというべきである。これに対して、債権者前については、前記のように人選基準や具体的な人選全般においては一応の合理性が認められるとはいっても、埼玉工場からあえて広島支店への配転を考案した理由が疑問の余地がないとはいえないこと、本件配転の申入れ以前に債務者会社は同債権者が結婚したのを知っているのに本件配転の人選に当たって単身者であることを前提に人選を行ったこと、及び、当時組合と債務者会社とが激しい対立をしており、組合内部でも重大な組織問題が生じていたという状況の下で、これまで支部三役の配転の事例がないのにもかかわらず、組合及び支部の活動に中心的な地位を占める支部書記長である同債権者を遠隔地である広島に配転することとしたことは、組合活動に著しい障害を生ぜしめるものというほかはないこと等の事実からすれば、同債権者に対する配転は、債務者会社の不当労働行為意思がその決定的な理由となって行われたものと推認するのが相当であり、他にこれを覆すに足りる疎明もない。よって、同債権者に対する本件配転は、不当労働行為であって、無効であるというべきである。ところで、同債権者は、本件において債務者会社の埼玉工場において勤務する地位を有していることを仮に定める旨を請求しているところ、労働者は使用者に対して特定の就労場所において就労することを求める権利を有しているものではないから右のような請求は失当であるが、同債権者は本件配転が無効であることによって配転先である広島支店において就労すべき労働契約上の義務がないことは明らかであり、同債権者の請求もそのような趣旨に出ているものと解することができるから、この限度でこれを肯定するべきものである。
4 権利濫用との主張について
債権者らは本件配転は債務者会社が配転命令権を濫用したものである旨主張するが、これまで述べてきたところからすればそれを認めるには足りず、他にこれを認めるに足りる疎明もないから、採用することができない。
六 次に、本件懲戒解雇の効力について検討する。
債権者前が本件配転命令に従わなかったことを理由として本件懲戒解雇がされたことは当事者間に争いがないところ、同債権者に対する本件配転命令が無効であることは前記のとおりであるから、同債権者において右の配転命令に応ずる義務はなく、したがってこれに応じないことを理由に行われた本件懲戒解雇も無効であるというほかはなく、同債権者は、債務者会社との間で労働者たる地位にあるものというべきである。そこで、同債権者が得ていた賃金について検討すると、本件懲戒解雇がされた当時の同債権者の給与額を認めるに足りる疎明はないが、(証拠略)によれば、同債権者の昭和五二年一一月当時の賃金は、基本給一三万四四〇〇円(内訳は職務給一二万八八〇〇円及び職務加給五六〇〇円)及び住宅手当一万円の合計一四万四〇〇〇円(所得税等控除前のもの)であることが一応認められる。そして、(証拠略)によれば、債務者会社の賃金は毎月二五日にその月分を支払うことになっていることが一応認められる。
七 被保全権利についてのまとめ
以上述べたことからすると、債権者前は、債務者会社に対して、債務者会社広島支店において就労すべき労働契約上の義務がないこと及び債務者会社の従業員たる地位にあることが疎明され、かつ、本件懲戒解雇がされた昭和五四年六月二二日以降毎月二五日限り一四万四〇〇〇円の賃金の支払を求める権利を有していることが疎明されたものというべきである。
八 保全の必要性
本件訴訟の内容及び弁論の全趣旨により同債権者が債務者会社から支給を受ける賃金のみをもって生活しているものと認められることからすると、同債権者が広島支店において就労すべき労働契約上の義務がないことを仮に定めること及び本案の第一審判決があるまで賃金の仮払を求める限度で保全の必要性を肯定することができるが、債務者会社の従業員たる地位を仮に求めるまでの必要性を認めるに足りる特段の疎明はない。
九 結論
そうすると、債権者らの申請のうち、債権者前において債務者の広島支店において就労すべき労働契約上の義務がないことを仮に定めること、及び昭和五四年六月二二日以降本案の第一審判決があるまでの間毎月二五日限り、一か月当たり金一四万四〇〇〇円の賃金の仮払を求める限度で理由があるので保証を立てさせないでこれを認容し、同債権者のその余の申請及びその余の債権者らの申請はいずれも理由がないのでこれを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 今井功 裁判官 星野隆宏 裁判官片山良廣は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 今井功)
(別紙) 債権者一覧表
〈省略〉